令和4年度論文

水環境科(水質環境担当)

栄養塩類変動が内湾の生態系・生物生産に及ぼす影響:大阪湾

藤原 建紀,鈴木 健太郎,木村 奈保子,鈴木 元治,中嶋 昌紀,田所 和明,阿保 勝之

水環境学会誌, 45巻3号, 145-158(2022)

海域の全窒素(TN)・溶存無機態窒素(DIN)が大きく低下した大阪湾において,生態系の栄養段階ごとに生物量の経年変化および季節変動パターンの変化を調べた。調査期間の1990~2019 年には,経年的水温上昇はほとんどなかった。DIN の低下に伴って,一次生産量が減り,クロロフィルで測った植物プランクトン量が減り,これが繊毛虫・カイアシ類などの動物プランクトンの減少,仔稚魚量の減少へと連動していた。生態系全体としては,各栄養段階の現存量がほぼ線形的に応答するボトムアップのシステムとなっていた。TN の低下が,DIN の枯渇期間を夏のみから,春から夏に広げ,これによる一次生産量の低下が,上位栄養段階への窒素フローを減らしたと考えられた。また,仔稚魚では,内湾性魚種はどの優占魚種も生物量が大きく減少していた。一方,広域回遊性のカタクチイワシだけは減らず,この一種のみが優占する状態に変化していた。

地域水環境行政に関する近年の調査研究動向

西嶋 渉,宮崎 一,東 博紀,矢吹 芳教,石井 裕一,鈴木 元治,伊藤 耕二,長濱 祐美

水環境学会誌, 45巻(A)12号,428-434 (2022)

地域水環境に科学的側面から最も長く深く寄り添ってきた地環研の調査研究について,その成果が集積された全環研会誌(全国環境研会誌)をメインに,さらに学会誌に視野を広げて近年の成果を取り上げた。「2.最近の研究動向」では最新の研究事例を網羅的に紹介した。「3.最近の研究事例」では,地域の実態把握とそれに基づく調査研究がどのように行政へ反映されてきたか、その代表例を示した。

Inverse estimation of nonpoint source export coefficients for total nitrogen and total phosphorous in the Kako river basin

V, Pintos Andreoli, H, Shimadera, Y, Koga, M, Mori, M, Suzuki,  T, Matsuo, A, Kondo

Journal of Hydrology, Vol. 620,(2023)

非点源からの栄養塩の原単位は、沿岸水域への栄養塩の負荷を管理する上で重要なパラメータである。現地観測値のみによる原単位の推計は、流域の土地利用特性の異なる複数の地点で水を採取する必要があり、多くのコストがかかる。そこで、本研究では、異なる土地利用による全窒素(TN)、全リン(TP)の原単位を逆推計するために、分布型河川モデルの結果と、河口付近の1地点で観測されたTN及びTPの濃度を組み合わせ、本流の各負荷量を推計するための多重線形回帰(MLR)モデルを開発した。得られた原単位の再現性を、分布型河川モデルを用いて検証した。その結果、TN及びTPで本流における負荷を推計する上で非常に満足のいくものが得られた。本手法により、推計に必要な観測データ量を削減し、データ変換や過剰なデータフィルタリングの問題を回避することができる。さらに、東アジアの典型的な異常気象(台風、雨季など)が原単位の推計に与える影響を考慮する上で有効であることが示された。

水環境科(安全科学担当)

令和4年度POPs及び関連物質等に関する日韓共同研究業務報告書

Matsumura, C., Sakamoto, K., Kakoi, T., Hasegawa, H., Nishino, T., Kato, M., Tahara, R., Nagahora, S., Yamamoto, H.,

令和4年度POPs及び関連物質等に関する日韓共同研究業務報告書 p4-7 (2023)

本研究では環境への影響が懸念されているパーソナルケア製品を含む新興汚染物質を対象とし、日韓両国で環境汚染実態を明らかにするため、分析法の開発や水環境での実施結果の共有を目的とした。兵庫県環境研究センターでは、水環境中の医薬品、フェノール類、難燃剤・可塑剤(PFRs)及び紫外線吸収剤(BUVs)を分析し、実態調査を行った。医薬品のうち抗生物質に関しては下水処理場の下流部で上流部より高濃度となる物質があったものの、フェノール類、PFRs及びBUVsも含め、PNECを超える物質は確認されなかった。

国内の水環境中における生活由来化学物質の環境実態及び生態リスク評価

西野 貴裕・加藤 みか・宮沢 佳隆・飯田 有香・東條 俊樹・浅川 大地・大方 正倫・松村 千里・羽賀 雄紀・坂本 和暢・栫 拓也・長谷川 瞳・平生 進吾・高澤 嘉一

地球環境, Vol.27, No.3,235-241(2023)

日常生活で使用しうる医薬品などの生活由来化学物質に関して、国内の水環境における実態調査を進めるとともに、水生生物を利用した毒性試験から得られた毒性情報をもとに生態リスク評価を行った。更に、調査を夏期と冬期の2季節にわたって行うことで濃度の季節変動も把握した。公共用水域では、抗生物質と、鎮痒剤に関して、水生生物に対する予測無影響濃度(PNEC)を超える濃度で検出される地点があった。濃度の季節変動に関しては、抗生物質、抗ヒスタミン剤は冬期に、昆虫忌避剤は夏期に濃度が高くなる傾向があった。

リン酸エステル系難燃剤による国内水環境汚染の実態

加藤 みか・西野 貴裕・宮沢 佳隆・飯田 有香・東條 俊樹・浅川 大地・市原 真紀子・大方 正倫・松村 千里・羽賀 雄紀・吉識 亮介・栫 拓也・長谷川 瞳・宮脇 崇・高橋 浩司・片宗 千春・高澤 嘉一

地球環境, Vol.27, No.3,243-252(2023)

幅広い製品に使用されているリン酸エステル系難燃剤(PFRs)について、複数の地方環境研究所との共同研究等により、国内水環境における実態調査を実施した。5都市33河川等の公共用水域水質において、8種類のPFRsが検出下限値未満~1400ng/Lで広範囲に検出された。全体的に含塩素のリン酸トリス(2-クロロエチル)、リン酸トリス(2-クロロイソプロピル)、リン酸トリス(2-ブトキシエチル)の3種の濃度が高く、特に下水処理水の影響を受けやすい地点等において、高頻度で検出される傾向が見られた。また、リン酸トリス(1,3-ジクロロ-2-プロピル)については予測無影響濃度を超える地点が確認されるなど、国内公共用水域水質におけるPFRsの濃度レベルや組成等の汚染実態を明らかにした。

Hydroxylation and dechlorination of 3,3′,4,4′-tetrachlorobiphenyl (CB77) by rat and human CYP1A1s and critical roles of amino acids composing their substrate-binding cavity, 

Yabu, M., Haga, Y., Itoh, T., Goto, E., Suzuki, M., Yamazaki, K., Mise, S., Yamamoto, K., Matsumura, C., Nakano, T., Sakaki, T., Inui, H.,

Science of the Total Environment, 837, 155848, 2022

ダイオキシン様PCBの一種CB77は、ラット並びにヒトが持つ薬物代謝酵素CYP1A1により水酸化、脱塩素化を経て代謝されることが明らかとなった。CYP1A1が持つ基質結合ポケットに安定してCB77が結合することが高代謝活性に重要であった。さらに、CYP1A1の活性中心であるヘムにCB77が近づくほど高活性になり、基質結合ポケットを構成する2つのアミノ酸がこれに重要な役割を果たしていた。

Differences in enantioselective hydroxylation of 2,2′,3,6-tetrachlorobiphenyl (CB45) and 2,2′,3,4′,6-pentachlorobiphenyl (CB91) by human and rat CYP2B subfamilies, 

Inui, H., Ito, T., Miwa, C., Haga, Y., Kubo, M., Itoh, T., Yamamoto, K., Miyaoka, M., Mori, T., Tsuzuki, H., Mise, S., Goto, E., Matsumura, C., Nakano, T.,

Environmental Science & Technology, 56, 10204-10215, 2022

立体異性体を持つキラルCB45、CB91の各アトロプアイソマーを分離し、それぞれを基質として薬物代謝酵素CYPにより代謝させた。その結果、CB45、CB91のアトロプアイソマーごとに水酸化位置、水酸化・脱塩素化活性が異なっていた。基質結合ポケットへのこれらPCBの安定した結合、活性中心ヘムへの近接が高活性に重要であった。

Enantioselective Metabolism of Chiral Polychlorinated Biphenyl 2,2′,3,4,4′,5′,6-Heptachlorobiphenyl (CB183) by Human and Rat CYP2B Subfamilies, 

Ito, T., Miwa, C., Haga, Y., Kubo, M., Itoh, T., Yamamoto, K., Mise, S., Goto, E., Tsuzuki, H., Matsumura, C., Nakano, T., Inui, H., 

Chemosphere, 308, 136349, 2022

立体異性体を持つキラルCB183の各アトロプアイソマーを分離し、それぞれを基質として薬物代謝酵素CYPにより代謝させた。その結果、CB183のアトロプアイソマーごとに水酸化位置、水酸化活性が異なっていた。基質結合ポケットへのCB183の安定した結合、活性中心ヘムへの近接が高活性に重要であった。

令和4年度農薬残留総合対策調査報告書

本田 理, 中越 章博,望月 証,栫 拓也,松村 千里

令和4年度農薬残留総合対策調査報告書 p189-206(2023)

水域の生活環境動植物の被害防止に係る登録基準値及び 水質汚濁に係る登録基準値と環境中予測濃度(以下「PEC」 という。)が近接している農薬について、河川における濃度実態の調査及び環境中農薬濃度 が当該基準値等を超えないようにする措置の検証を行うことを目的として本調査を実施している。本年度は円山川水系の河川中のクロチアニジン等のネオニコチノイド系農薬の濃度を4~9月に週1回以上(10月のみ月1回)の測定を行い、当該基準を超過していないこと及びクロチアニジン等の河川中の濃度の変化が水稲の農作業に連動していることを確認した。

大気環境科

Sudden decrease of airborne sulfates in summer at sites in western Japan prior to the enforcement of the MARPOL Treaty

Mana Kondo,Akari Ishida,Taiki Hiromoto,Akito Nakazono,Shota Ono,Ryohei Nakatsubo,Ayami Futamura,Yoshie Oshita,Xi Zhang, Masahide Aikawa

Atmospheric Environment,Vol.295,Article 119571(2023)

船舶は、大気中PM2.5中の硫酸塩成分の主要な発生源の一つである。2017年から2021年までの船舶からの影響とMARPOL条約施行前から施行後までの船舶からの硫黄排出対策の有効性を明らかにするために、閉鎖性水域(瀬戸内海)の両端に2つの観測サイトを設置し、観測・解析・影響評価を行った。
その結果、瀬戸内海を航行する船舶の影響とMARPOL条約による大気中PM2.5中の硫酸塩成分濃度の低減を明らかとした。加えて、瀬戸内海の両端に観測サイトを設置したことにより、MARPOL条約に先駆けた中国独自の船舶規制の効果を日本における観測結果から明らかにすることにも成功した。

Evaluation of the effect of the Global Sunfer Cap 2020 on a Japanese inland sea area

Moe Tauchi,Kazuyo Yamaji,Ryohei Nakatsubo,Yoshie Oshita,Katsuhiro Kawamoto,Yasuyuki Itano,Mitsuru Hayashi,Takatoshi Hiraki,Yutaka Takaishi,Ayami Futamura

Case Studies on Transport Policy,vol.10,785-794(2022)

Global Sulfur Cap 2020(MALPOL条約の規制)では船舶に使用される燃料油の硫黄含有量を3.5%から0.5%に減少させることが求められている。日本の瀬戸内海において大気中の二酸化硫黄、窒素酸化物、微小粒子状物質濃度を測定した。
その結果、二酸化硫黄、バナジウム、ニッケル、V/Ni比などの船舶指標が急速に減少し、規制の効果を明らかにするものとなった。船上観測では、規制施行直後から海上のガス状二酸化硫黄の減少が明らかとなり、同様の変化が2019-2020年の1月から6月にかけて沿岸部でも観測された。

 

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